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S4上級真田家リプレイ その3「尾張攻防戦と織田家の終わり」


S4?イベなし?寿命なし、いわゆるS4の「なしなし」プレイで河野家を攻略している動画が、某動画サイトにあったので見てみました。ひとこと。すごい。 長曽我部封じがステキすぎでした。まだ攻略途中なようで、織田家との前面決戦はもうちょっと先な感じですが、どれもCOMの思考の穴を突くものばかりでし た。このブログでも「インチキ戦法」をいくつか紹介しましたが、オンパレードでした。動画のup主は、「鬼畜プレイ」と呼んでいましたが、うなずけます。 一見すると、強大な織田家(しかも信長は死なない)に対抗しないといけないため、「Mプレイ」に見えますが、実際は「ドSプレイ」だそうです。←インチキ など、COMでは対処できない戦術を多用するため。

もし、某動画サイトのIDを持っているのであれば一度見てみるといいかもです。「特産物の野望」がアップされている動画サイトです。「河野家の野望」ってタイトルだったと思います。

あと、ようやく赤字にする方法を知りました。昔の方の記事から少しずつ修正していってます。「無料バナー作成工房」というサイトの「HTMLタグ自動作成」を使っています。めっちゃお手軽にフォントサイズ変えたり斜体文字にできたりします。

さて、前置きが長くなりました。ここからは真田リプレイその3です。

前回までの状況。

1593年3月の勢力(東北完全平定後)
真田45万(最前線は岡崎、春日山、上田?東は蝦夷まで平定)、織田31万(近畿、北陸、東海や中国地方の一部)、島津36万(九州?中国?四国地方)、長曽我部5万5千(四国の半分)

今回は織田家を滅ぼします。包囲網を敷かれているので、島津と織田は不戦協定を結んでいます。ここから足掛け8年に及ぶ織田?島津家との決戦が控えています。


1594年3月、岡崎城―――。
信幸「なんと、父上、私に家督を譲っていただけると!?」
昌幸「うむ、左様。そちの此度の東北攻めの折の兵糧攻めの策、なかなか見事であった。安心して家督を譲れるというものじゃ」
信幸「恐悦至極にござりまする。真田家発展のために尽くす所存でござりまする」

信繁(幸村)「おめでとうござりまする、兄上!某も精一杯もりたてまするぞ。して、父上はこれからいかがなさるので????」
昌幸「ふむ、まだまだ、天下がわしを戦場から離さぬようでな」

昌幸「さて、信幸、信繁。織田、島津が包囲網を敷いておる。この状況をいかにする?」
信幸「信繁が岡崎を死守してくれたおかげで清洲は手薄になっております。織田は信長?信忠亡き後、凡庸な秀信が跡を継いでおります。ここは清洲の地にて織田と雌雄を決するが上策かと存知まする」
昌幸「ふむ。確かに秀信が当主となってからは、織田の領地はずいぶん減ったようじゃな。信繁はいかに」
信繁「は、されば???。兵力では我ら真田が有利なれど、島津の鉄砲を侮ってはなりませぬ。現在日本海側を中心に次々と勢力を広げているようでござります。我らは、島津とは正面で戦わず、織田との決戦が終わるまでは防衛に努め、可能な限り衝突を避けるべきかと存じます」
昌幸「ふむ。一理あるのう。じゃが、ただ防衛するだけではつまらぬのう。何か良い策はないものか???そうじゃ!港を???」

ということで、まずは織田を滅ぼします。島津もできる限り戦力を削ぎます。

家督を譲ったのは、固有技術「真田丸」を取得したからです。もう、信幸はお留守番です。異国の人や公家、家宝の押し売りに来る坊主どもの相手をしてもらいましょう。

織田家は分裂した後も、羽柴、柴田他弱小勢力を併呑しているので兵も多く、それなりに強い武将がいます。が、チート武将である真田親子や東国の優秀な武将には敵うはずもありません。

ということで、まずは清洲国境付近へ出陣。岐阜、岩村、安土ほか織田家領有の全部隊と一気に雌雄を決します。尾張の施設を攻撃して、敵をおびき寄せます。国境付近で待機していたほかの部隊で一気に包囲殲滅します。続々と清洲へ向かう敵の援軍もろとも撃破するつもりです。適度に岡崎に帰還しつつ、幾度か繰り返すうちに、織田家の兵力は激減しました(10万弱)。

実は、織田との戦いが長期に及んでいたので、この間に島津に攻められまくっています。海戦を挑んでも飛び道具の弱い真田では勝ち目がありません。従って、港を攻められた時は一切の抵抗をせずにすべて引き上げ、すぐに「逆攻め」します。港なんて陸から攻めればただの棺桶ですからね。。港を囮にして、敵の戦力を削ぐ作戦で

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